2009年3月

3人の若者のこと

2009年3月30日 16:43

卒業式を終えた大学はこころなしかひっそりしております。4月には新しい若者を迎える期待はあるもののまだその兆しはありません。キャンパスがうきうきし始めるのは、いろいろな準備が整う年度明けになるでしょう。今はやはり卒業式のことが思い出されます。

卒業式は暖かな日和に恵まれたためか、あるいは学科ごとの授与式が新装なった講義棟「三宅の森Nexus21」で行われたためか、式後は、いつもに増して、華やかな、そしてはちきれるような雰囲気でした。3名の博士学位取得者に学位記を直接手交したことも華やいだ気持ちにさせてくれたのかも知れません。私も請われるまま、卒業生のグループ写真に加わりました。

学長室に戻って一服しました。そのとき、ふと3人の学生のことが思い出されました。そして暗転したような思いになりました。この1年間に学業半ばにして天に召された3人の若者のことです。

S君
昨年6月13日、病気のため亡くなりました。彼は、卒業した仲間と同じ学年の4年生でした。病気を承知の上で本学に入学しました。実家から離れての学生生活でした。保健室の重友さんは、お母様と連絡をとりながら、よく面倒を見てくれました。亡くなられた後、お父様とお母様が大学に見え、学長室でお話をさせていただきました。彼が敬愛していた安藤忠男の本など専門分野の図書の寄贈を頂きました。

T君
2月17日、病気のため亡くなりました。入学式の次の日から休学していました。本学にはほぼ1年在学したことになります。センター試験は受験しておりましたが、入学時から通学できる状況ではなかったようです。葬儀を終えた後、保護者の方からご連絡いただいた次第で申し訳ないという思いでおります。遅ればせながら弔意を届けましたところ、ご遺族様から懇切な礼状を頂きました。

T君
つい今月の3月3日 交通事故で亡くなりました。痛ましいことでした。入学後1年を終えたときでした。この日は広島地方は粉雪の舞う寒い日でした。福山の実家から広島に向かう道中での事故でした。あまりに痛ましく、またつい先日のことでもあり、言葉が続きません。

本学では、建学の精神「教育は愛なり」の「愛」を「学生の可能性を信ずること」と理解して教育に当たっております。不本意にも学業を中断することになった3人の若者にはどんな可能性があったのでしょうか。無念の思いを禁じえません。

29日に放送された「NHK短歌」で、病弱で若くして逝った筒井宏之さんいう方が取り上げられておりました。その中で、「えいえんをとくちからください/えいえんをとくちからください/永遠を解く力を下さい」という彼の歌が紹介されました。近くにあった紙の裏に急ぎ書き留めました。3人三様のこの世の閉じ方ではありましたが、3人の声のように思えました。彼らの志が本学に学ぶ他の若者たちに継がれていくことを願っています。

重い気持ちでの学長日記となりました。今は3人の若者のご冥福を祈りながら、これをもって今年度最後の「HITHOT学長日記」とさせていただきます。

2009年3月30日
 

2008年度修了・卒業学位記授与式

2009年3月24日 14:30

先週の土曜日、3月21日、2008年度の修了・卒業学位記授与式がとりこ行われました。卒業式としては第44回、大学院の修了式としては第19回になります。折からの絶好の天候に恵まれて、式の厳粛な雰囲気は、式終了後館外で一気に華やかな雰囲気に変わりました。以下は「社会のvolunteer・志願兵に」と題して私から差し上げたはなむけの言葉です。出席できなかった保護者の方々にはこの場をお借りして心からお喜び申し上げます。

厳しい社会への船出
卒業、修了おめでとうございます。月並みな言葉ですが、皆さんの船出を心から祝福いたします。保護者の皆さまには、これまでの高等学校などの卒業とは違った感慨がおありのことと存じます。高いところからではございますが、お喜び申し上げます。

今、「皆さんの船出を祝福する」と申しました。今日はことのほか穏やかな天候ですが、皆さんは船出する社会はことのほか厳しい経済状況の中です。「狼の群れに小羊を送る」という表現がありますが、「荒海に小舟で漕ぎ出す」ように思えます。正直言って、大丈夫かなという意味で複雑な思いでもおります。

このたびの経済の急変で、私は、私たちはこのような危うい基盤の上に立って繁栄していたのかと、改めて思い知らされました。しかし考えようによっては、今は新しい価値観を生む絶好の機会ではないかとも思わされています。今日はその「新しい価値観」として、本学の教育方針にもうたわれている「社会に奉仕」について、日ごろ考えていることを述べまして、修了・卒業のはなむけの言葉としたいと思います。


奉仕とは
昨年4月、1年生の自校教育論で本学の教育方針について感想を書いてもらいました。本学の教育方針は「常に神とともに歩み、社会に奉仕する」です。1人の学生が「『奉仕』はわかりにくい、『社会に貢献する』がいいと私は思う」と書いていました。なるほどと考えさせられました。
貢献と奉仕は似ております。しかし何か違うようにも思えます。「奉仕する」は、英語で“volunteer”と言います。日本語でボランティアと言うと“ただ働き”といった意味が強くなりますが、英語の“volunteer”は、「自ら進んでする」ことであり、形容詞の“voluntary”は「自発的な」という意味です。そして、祖国や正義あるいはある目的のための戦いに名乗り出る志願兵や義勇兵も英語では“volunteer”と言います。

新年早々だったでしょうか、エチオピアで医療奉仕をしていて誘拐(ゆうかい)された女性医師赤羽桂子さんが3カ月半の拘束の後に解放された出来事がありました。他方でアフガニスタンで凶弾に倒れた現地ワーカーの伊藤和也さんの事件もありました。そのような危ないところに働きに出かけている若者がいるということを改めて知って、昨今、若者についてとやかく言われますが、こんな若者もいるのだということで印象に残っております。このお二人は誰に頼まれたわけでもないのに名乗り出た典型的なvolunteer・志願兵と言えるでしょう。


身近な奉仕・ボランテイア
先日ある学生指導関係の会合に出ました。そこで全国の半数近くの大学に「学生ボランテイア支援センター」のような組織があるという報告を聞き、驚きました。どこの大学も力を入れているとのことでした。21世紀は奉仕・ボランテイアの時代と言われています。変革の時代には、社会的制度として定着するには時間がかかること、また多様な中で行政がすべてに対応することができないからです。NPOの時代といえばもっとわかりやすいかも知れません。

本学では、学生の自主的活動として「HITチャレンジ」というプログラムを実施しております。その報告会がつい先日ありました。誰から命ぜられていないにもかかわらず、自分たちで企画し実行したことを報告する会でした。幼稚園を訪問し子供たちに理科を面白く見せた女子学生グループ、夏休みを全部使って廃屋を修復し、地域の人たちが寄り合いのできる建物に改造したグループ、留学生と一緒に中国語・日本語の案内パンフレットを作ったグループなどの発表がありました。他の人達のために自分の貴重な時間を使っていました。これらも立派なvolunteer、「社会に奉仕する」こと・志願兵です。皆さんの中にも、私が知らないだけで、在学中、似たことに挑戦した人たちは沢山いることでしょう。

お隣の町廿日市の宮内工業団地にケミカル山本という会社があります。そこの社長さんの山本正登さんは、子どもたちの科学に対する理解と実践能力を開発したいという思いから「わくわくケミカルクラブ」をつくり、地域の子どもたちを集め、毎月1回、1年間12回にわたって、化学の実験や実習を体験できる教室を開いてきました。私はその修了式に出席する機会がありました。必要経費も場所もみな山本さんが提供し、自らも講師となってやってきました。次世代の教育は本来大学を始めとする教育機関の仕事です。しかし、1企業の方がこのように青少年の教育に関わるのです。これも誰に頼まれたわけでもなく、科学の好きな子どもを育てたいという思いから行っていることで、文句なくvolunteer・志願兵です。


社会のvolunteer・志願兵に
皆さんの働き場所は東京でしょうか。あるいは関西でしょうか。広島に残る人も多いでしょう。また出身地に戻られる人も多いのではないでしょうか。いずれにしろ、そこはエチオピアでもなく、アフガニスタンでもありません。これまで同様日本語も通じます。赤羽桂子さんや伊藤和也さん達と同じようなvolunteerは必要とされないでしょう。

頼まれたわけではないが、自ら進んで他者のために何かすること、それがvolunteer・志願兵です。それは、エチオピアやアフガニスタンでなくとも、皆さんの仕事においてもできるのではないでしょうか。たとえば、上司から言われた仕事に、「このように言われたから」ではなく、あるいは「これまでこのようにやられてきたから」でもなく、自らの意思で一歩進んで、何か新しい価値を一つ加えて仕事をすることです。主君の草履を懐に入れて暖めたという秀吉の逸話の仕事のやり方です。誰かに頼まれたわけでもないのに自らやるという点では、挨拶もvolunteer・「社会に奉仕すること」になります。

身近な仕事の中でのvoluntaryな取り組みの一つ一つの積み重ねは皆さんを成長させ、仕事の質を変えます。そして社会の新しい価値を生むことになります。山本社長のクラブの中から化学を学んでみようという子どもさんが出るのではないかという予感がしました。もし一人でも出れば社会を変えたことになります。voluntaryな生き方をしようという志・思いがその出発点となります。


むすび
変革の時代なればこそ、奉仕すなわちvolunteer・志願兵が必要されます。本学の教育方針は、やはり、「貢献」より「社会に奉仕する」がいいと思っています。
皆さんが漕ぎ出る海は荒海です。そのような海なればこそ、50年近く前から教育方針として掲げている「社会に奉仕する」が必要です。

皆さんにはこの後学科ごと行われる学位記授与には使っていただくことになりますが、この1月新しい校舎が竣工しました。この校舎の名前は「三宅の森Nexus21」と命名されました。「三宅の森」は本学発祥の地名です。「Nexus」は絆、つながり、結びつきといった意味です。「21」は21世紀を意味します。本学発祥以来の教育方針である「社会に奉仕」という考えを21世紀の皆さんの活躍の場につなげてください。そうすれば、必ずや、それぞれの場で一味違う21世紀の技術者となれるものと確信しております。

もう一度、「いい船出を」、と申し上げて、修了・卒業のはなむけの言葉とさせていただきます。

2009年3月21日

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