2009年11月17日 15:16
11月10日の企業懇談会大阪会場を皮切りに3年生を対象とした就職活動の公式行事が始まりました。景気回復の兆しが見え出したとはいえ、雇用ではなお厳しい中でのスタートです。今年で5年目になる東京就活フライト(正式には東京就職活動支援フライトと言っております)も、13・14日グループと14・15日グループの2グループに分かれてそれぞれ50人の定員で実施しました。
大阪の企業懇談会には161社・206名に参加いただきました。11月24日に予定されている広島での企業懇談会には346社に参加いただく予定です。多くの企業から参加いただいて感謝です。そもそもこの企業懇談会は、日頃から卒業生の採用でお世話になっている企業の方々に大学が謝意を表する趣旨のものですが、時節柄どうしても採用のお願いごとになりました。本学とお世話になっている企業との情報を互いに共有する場としても位置づけており、広島会場では全教員に出席してもらうこととしております。
東京就活フライトでは、夕方、ホテルでOBとの情報交換会そして懇親会が行われます。私は第1グループの懇親会に顔を出しましたが、8人のOBが参加してくださいました。写真は懇親会終了後の集合写真です。卒業生が毎年こうして後輩のために参加下さることは有難いことです。私が「学長面」のできる若い世代のOBも参加してくれていました。学生諸君は先輩の苦労話と激励を神妙に聞いておりました。
「人には出自(出所、生まれ)というものがある。それは自分で選んだことではない。また生まれた国、時代、育った社会がある。これらも自分の意思とは関係なくいわばめぐり合ったことである。君達は就職が厳しい時代にめぐり合った。君達が悪いわけではない。君達が努力していなかったからでもない。めぐり合わせなのである。しかし、その中で、どのように『責任的』に生きるか、それによってその人の真価が問われる。こういう機会を成長する機会と理解してやっていこう」と私は学生諸君に話しました。
懇親会の場では、テーブルの学生に「1人1分、今日の宮原先輩の話を聴いてどう思ったか自分の言葉で話せ」と難題を出してしまいました。8人だったか、皆、具体的に話してくれました。それに宮原先輩が個別にコメントしてくれていました。
1日の東京体験で人間変わるものではありません。しかし見聞を広げることによって、あるいは刺激を受けることによって、可能性の芽が出たのではないでしょうか。
同じ趣旨で大阪就活新幹線が11月28日に予定されています。ここでも可能性の花が咲くことを期待しております。
2009年11月 3日 14:37
10月29日、標記発表会が開催されました。「産学連携実習」とは、夏休み中の約1ヶ月、3年生の学生を企業に派遣し実習を行うプログラムです。実習とともに前後7回にわたる事前事後学習に出席して単位を取得します。発展学習トラックに開設されている授業科目ですので、所定の条件を満たしている学生に受講資格があります。当日は、派遣学生全員と本学教員のほか、受け入れ企業8社・13名の参加があり、5時から7時半まで行われました。
いつだったか大相撲千秋楽の表彰式で、当時の小泉首相が、優勝した貴乃花を祝福して、「感動した!」という名せりふを言ったことがありました。発表会の最後に突然、「学長、一言感想を」と司会者からふられた私は、思わず小泉元首相のこのせりふを発してしまいました。小泉元首相の場合、前日負傷したひざの痛みの中で戦った本割と優勝決定戦を目の当たりにして、あの名せりふが出てきました(正確には「痛みに耐えてよく頑張った。感動した。おめでとう」でした)。当日、私は何を見たか。
一つは学生諸君の発表でした。14名の学生は、自分で定めた目的・目標、実習内容、成果・提案について発表しました。途中参加の私は10名の発表を聞きましたが、みな自分の言葉で生き生きと自信を持って発表しておりました。事後学習での指導の教員や職員の指導があってのこととは思いますが、8月6日の事前学習最後の発表会(「決意表明発表会」と言っております)での「借り物」とは雲泥の違いでした。その違いは、「自分で経験したこと」が「発表したい」という思いを生んで、自分の言葉で語らせたのでしょう。私は、「1ヶ月でここまで成長するか」と思わされました。内部に秘められていたマグマが一気に爆発したような印象で若者の持つ可能性を目の当たりにしたのです。
この教育プログラムは2004年3月に5名の4年生を“試行的”に企業に派遣したことから始まりました。技術分野での大学教育を飛躍的に充実するものとして、現場体験に優るものはないという考えによります。2008年度、18年度カリキュラムの発展学習トラックの正式授業科目として実施されることになりました。このプログラムでは、学生の問題意識をできるだけ高めて派遣することが必須です。そのため、当初は4年次の春休みに実施しておりました。就職先として意識した企業研修でもありました。つまり、自分が行きたいと思う企業で研修し、「この社長さんのために、そしてこのような会社で働きたいと思うかどうか、仕事をやりながらよく見てこい」、ただその間、「君も見られているぞ」と話して送り出しました。そのようなこともあって、当時は、「派遣」という認識で、直前の報告会も、確か、「決意表明壮行会」と言っておりました。最後の報告会で、「良くぞ生きて帰還した」と学生諸君に言ったことを思い出します。
当日の報告会には、お忙しい中を、実習中お世話になった9社から13名の方々に参加していただきました。一人一人の発表にお世話いただいた企業の方からコメントがありました。企業の方の一言は、教員の百言に相当します。それは産には「現場」があるからです。学の「実験室」での体系的・基礎的な学びと産の「現場」の協働は、これからの技術者育成には不可欠であるというのが技術者教育に対する私の考えです。それを「教育における産学連携」と言っておりますが、正式には、“Cooperation Education”と言います。この教育の実践には企業の理解と協力がなければできません。われわれのそのような考えに賛同し、学生を受け入れてくださり、なお最後の報告会にまで協力してくださった企業の皆さんを目の当たりにしました。これが「感動」の二つ目の理由でした。
3年生920名のうち、発展学習トラックを選択している者は103名です。その中の手を挙げた14名の教育でした。大海に投じたささやかな“十四”石です。しかし、こんなにまで若者を変えてくれたこの教育プログラムから確実に明日の技術者が生まれていくことでしょう。
それにしても小泉元首相のワンフレーズは、けだし名せりふだと改めて思わされました。
「良くぞ生還した」”十四”銃士たち