2010年3月31日 00:00
「目を真っ直ぐに向けて」 2010.3.20
厳しい社会への船出
卒業、修了おめでとうございます。月並みな言葉ですが、皆さんの船出を心から祝福いたします。保護者の皆様には、最後の学校教育の卒業ということで、これまでの高等学校などの卒業とは違った感慨がおありのことと存じます。高いところからではございますが、心からお喜び申し上げます。またご来賓の皆様には、ご多忙のところ、若者の船出の式典にお越しいただきまして誠にありがとうございます。
今年度は特に教育改革18によって新設された学部・学科の1期生が社会に船出しますので、教職員にとりまして感慨深いものがあります。
責任的生き方
ところで皆さんは空前の不景気の怒涛の中での就職活動でした。皆さんは、それなりに勉強していたにもかかわらず、就職活動の時になって怒涛のような経済状況に遭遇したわけです。それは、皆さんには直接的には責任のないことでした。いわんや、皆さんの努力でどうこうできる事態でもありませんでした。
私の知人がある冊子に、「人はその出自・生活環境・時代などから自由であり得ない。しかしそれらに身を任せるのではなく、そこで責任的に生きたか否かがその人物の評価につながる」と書いているのを読みました。「出自」とは、でどころ、生まれのことです。これは自分ではどうしようもできません。同じように生活環境や時代からも自由ではないことがあるというのです。「選ぶことはできないが、背負うしかない」とも言えるでしょうか。この方は、しかし、そのような状況の中で、いかに「責任的に生きているか」によってその人の真価が問われるというのです。
皆さんの就職活動を襲ったこのたびの“経済”環境の中で、皆さんは「生活環境・時代などから自由であり得ない」ことを実感されたことでしょう。たまたま見た昨夜のテレビで200社以上の試験を受けたという東京の女子学生が、「1年前に生まれておればよかった」とインタビューで答えていました。選ぶ余地なくこの厳しい経済環境を背負うことになった皆さんは、これからどのような生き方をしていこうとしておられるでしょうか。
目を真っ直ぐに向けて
本学アドバイザリーボードの委員であるある会社の社長さんが、本学に望むこととして、「目が真っ直ぐ向いている学生さんを育てて欲しい」とおっしゃいました。
皆さんは岩崎弥太郎という名前を聞いたことがあるでしょうか。三菱財閥の創始者です。今NHKの大河ドラマに登場しておりますから知っていることでしょう。そのお孫さんの澤田美喜さんは、外交官の奥様だったのですが、第二次世界大戦の後、私財を投げ打って神奈川県の大磯町にエリザベスサンダースホームという児童施設を作り、終戦後の混乱の中で生まれた混血児を預かり育てました。遠足に出かけた時のことです。東京駅のホームに降り立った子供達はみな下を向いていました。澤田さんは「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言ったそうです。当時、混血児に対して強い差別がありました。施設に仲間といた時は元気だった子供達も、多くの人が行きかう東京駅では気後れし下を向いてしまったのでしょう。それで、澤田さんは「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言ったというのです。
私はジョッギングをするのですが、「ジョッギングではあごを少し出し気味にして上向き加減で走るくらいがよい」という専門家のアドバイスをテレビで聞きました。素人ランナーは疲れてくるとつい下向きになってしまいます。意識して上向き加減に走ってみたところ、前方を見据えることになるからでしょうか、周囲の視野が大きく変わることを体験しました。電柱が1本1本近づいてきます。そして「あの電柱まで」とか、「あの信号まではこのペースで」などと距離感が生れ、計画性を持つことができるようになりました。その後、歩く時も少し上向き加減で歩くように心がけているのですが、こちらに向かってくる人を早くとらえることになるからでしょうか、行きかう人に自然に挨拶をすることができるようになりました。
澤田美喜さんが何故子どもたちに「何故みんな下を向いているの!顔を上げて!」と言った理由、そして社長さんが「目が真っ直ぐ向いている学生さんを」と言った理由がわかるような気がしております。顔を上げて目をまっすぐ向いて歩くことは、自由ではありえない環境ではありますが、先を見つめることになります。先を見つめて生きることは、責任的生き方と言ってよいのではないでしょうか。
たすきを引き継いで
毎年1月、全国都道府県対抗男子駅伝競走大会が広島で開催されます。今年の広島県は、戦前は優勝の下馬評もあったくらいでしたが1区で出遅れ、確か34位だったと思いますが、2区のランナーにタスキリレーされました。皆さんが2区のランナーだとしたら、どう思いながら34位のタスキを受け取るでしょうか。たすきを受け取ったときの順位は、出自や生活環境あるいは時代のように、どうしようもありません。自分の責任ではありません。しかし、出遅れた中で自分の力とペース配分を考え、少しでも時間を縮めて、次のランナーにリレーするのではないでしょうか。広島県チームは、その後の走者が徐々に順位を上げ、4位でゴールしました。
厳しい時代だからこそ若い皆さんがタスキを受け継ぐのです。足元が揺れ出した誇りある日本技術の再生、地方の再生そして厳しい経済状況など、多くの課題があります。それらを受け継ぎ、顔を上げ、目を真っ直ぐに向けて、少しでもリカバリーして次の走者につなぐことは、皆さんの「責任的な生き方」だと思います。誠実にじわじわと追い上げつつ走る生き方は、広島工業大学の「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」という教育方針そのものです。
最後に
皆さんが船出しようとしている社会は厳しいことは承知しております。厳しい時こそ企業も真剣です。だからこのような時なればこそ、顔を上げ、目を真っ直ぐに向けて、粘り強く誠実に、自ら学び成長する機会として欲しいと思います。私の観察では、坂道や階段では多くの人は下を向いて歩いています。しかし、坂道や階段で顔を上げ目を真っ直ぐに向けると、平たんな道よりずっと劇的に視野が変わります。これは私の体験です。
皆さんが下を向いているというわけではありませんが、「顔を上げて!」、「目を真っ直ぐに向けて!」ともう一度申し上げて、船出の言葉とさせていただきます。