2010年7月29日 11:44
広島を襲った豪雨の被害者を励ますチャリテイーコンサートの練習が本学デネブホールで23日から本番の前日25日までの3日間行われました。指揮は大植英次さん。演奏は、昨年4月、直々指導を受けた学園の広島なぎさ中・高をはじめとする近隣の中学高校音楽部の生徒さんたちです(チャリテイーコンサート開催の詳しい経緯については7月23日付中国新聞朝刊を参照ください)。
その練習に私は2度顔を出しました。初日の23日は会場をお貸しした立場からのいわば様子見。そして24日は練習そのものを個人的に楽しむためでした。写真はそのときの模様です。 素晴しい練習でした。何が素晴しかったか。日ごろ相手にしている演奏者に比べて、音楽の理解においても技術においても全くレベルが劣る中高生を相手に、3、4時間のレッスンを3日続けるという大植氏の熱意。そしてその指導方法。聞き取れたいくつかの言葉を断片的に列記します。
熱心な指導者は、そして私のように教育に携わる者は、えてして「何でそんなことがわからないのか。なぜできないのか」と言ってしまう。わからないなりに一生懸命やろうとしている者に「何だ、それは」とけなし、時には侮辱するような言葉すら浴びせてしまう。大植氏は、生徒さんに演奏方法を注意するのでなく、奏でるときのイメージを感覚的にわかりやすく語る。生徒さんたちは頭に浮かんだイメージに沿って音を出そうとする。注意を与えた後、「素晴らしい!全然違う!」と何度言ったことだろう。そして「ああー、かっこいい!」とも。要は、技術や理解を押しつけるのではなく、思いを膨らませ、望んでいる音を出すように仕向けている。
26日の本番では、私はトライアングルの男子中学生を特に注意して見ていました。「トライアングルを月から見えるように掲げ、世界の全ての教会の鐘を鳴らすように」と言われたあの注意を思いだしていたのだろう。緊張しながらも奏でている姿が凛々しかった。大植氏は、練習中、何度、「素晴らしい!!」と言ったことか。私もその男子中学生に「素晴らしい!!」と心の中で言いました。
夜9時近くにまで及んだ本番では、最後の最後に彼は「この子達に盛大な拍手を」と再度聴衆に催しました。全くの素人である中高生に対するレッスンへの情熱は若者に対する彼の愛にほかならないと思わされました。愛は忍耐を生みますし、相手を高める、そして何より、いささかなりとも成功(成長)を共に喜ぶ。忍耐、高めること、そして喜び。練習の中でそのすべてをはっきりと感じとることができました。デネブホールの後方の高い席から練習を眺めながら、「教育は愛なり」(本学の建学の精神)が去来しました。
個人的な余談です。1998年の年末にミネソタ大学を訪問した折、ミネソタ交響楽団の演奏会があることを知って、寒い中(本当に寒かった)演奏会に出かけました。ところが「sold out」という掲示。指揮者は当時音楽監督であった大植英次でした。海外出張の際、演奏会に出かけることはままありますが、空振りを食った数少ない経験です。いたくがっかりしてホテルに戻りました。このところ広島は暑い毎日ですが、その時の寒さをふと思い出しました。
和やかな雰囲気のうちにチャリテイーコンサートが終わったことを喜びたい。と同時にデネブホールの壁とフロアーと天井に「音楽」がしみ込んだことが嬉しい。そして若者に対する一流指揮者の愛。私にはさわやかな練習見学でした。
大植英次さんの練習風景(デネブホールにて)
ステージ背後の窓が開けられていたため逆光となっていますが、ステージ中央が大植氏
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