イチョウ

広島工業大学 環境学部 地球環境学科 教授 中野 武登(なかの たけと)

我が身を黄金色に染め上げて、イチョウは、秋から冬への季節(とき)の移ろいを告げてくれます。

金色のちひさき鳥のかたちして
銀杏ちるなり夕日の丘に

与謝野晶子

イチョウは、裸子植物の仲間で、高さ30~40m、雌雄異株の落葉高木です。葉は扇形で約10cm程度、中央部分に浅い切れ込みがあり、秋に黄葉します。イチョウは、起源が非常に古いこともあって、通常の種子植物に見られない特徴のある生殖を行います。初夏に、雄花から風に飛ばされた花粉が雌花の胚珠に到達すると、花粉内から2個の精子が泳ぎ出し、その1個が卵細胞と受精し、成長して種子になります。種子植物で、精子によって生殖するものは、イチョウとソテツ類のみです。いずれの精子も、日本人の研究者によって発見されました。イチョウは平瀬作五郎(1896年)、ソテツは池野成一郎(1895年)の偉業です。

植物分類学的には、イチョウは、一種だけでイチョウ網、イチョウ目、イチョウ科を構成しています。学名は、Ginkgo biloba(ギンクゴ ビロバ)です。属名のGinkgo は、日本語の“銀杏”(イチョウ)の音読み“ギンキョウ、ginkyo”に因(ちな)んで命名されました。種小名の bilobaは、“浅く二裂する”という意味で、葉が浅く二裂することに因んでいます。この学名は、江戸時代(1730年頃)に、ケンペルによって日本で植栽されていたイチョウの苗がヨーロッパに紹介され、リンネが命名したものです。当時のヨーロッパでは、イチョウの葉の形からでしょうか、“東洋の珍木・奇木”と呼ばれていたようです。

イチョウは、“生きた化石”のひとつです。“生きた化石”とは、化石が生きているのではなく、地質時代に大繁栄していた生物が次第に衰えて、現在ではその子孫が細々と生き残っている生物のことです。例えば、現存するシーラカンス、カブトガニ、メタセコイアなどは“生きた化石”です。

化石の研究から、現在のイチョウは、約1億5千万年前のジュラ紀から白亜紀にかけて最も繁栄していたようです。イチョウの仲間は、ジュラ紀に17種存在していたことが確認されています。しかし、その後、生育環境の変化(新生代の氷河期など)で衰退し約170万年前には、現在のイチョウ一種のみを残して他の種は絶滅したそうです。このためイチョウは“生きた化石”といわれるのです。

現代のイチョウは、氷河期に比較的暖かかった中国中部地域で生き残ったと考えられており、中国に野生種が存在するといわれますが、真相は定かでありません。日本の各地からもイチョウの化石が確認されていますから、日本に分布していたことは明らかです。しかし、特長のある葉、種子をつけるイチョウでありながら、多くの植物が詠まれている「万葉集」や「古今和歌集」などの古典文芸に名前が見当たりませんので、この時代には存在しなかったと想像されます。“銀杏”の字は、14世紀後半の「異制庭訓往来」の中に見られます。これが、イチョウの名前が文献に表された最初のものと考えられます。

イチョウは、中国、朝鮮半島、日本で、街路樹、公園樹、あるいは神社・仏閣の庭などに植栽されています。日本のイチョウは、氷河期に一度絶滅し、現在のものは、仏教の伝来と共に朝鮮経由、または中国から直接渡来したとされています。

日本には、樹齢1,000年以上と言われるイチョウの巨樹が各地にあり、天然記念物に指定され、保護されているものが少なくありません。これらは、お寺の境内などに植栽されているものが多いので、仏教と一緒に伝来したものかもしれません。

イチョウは、中国名を“鴨脚樹(やーちゃんしゅー)”や“公孫樹(こんすんしゅー)”などといいます。和名のイチョウの語源には、この鴨脚(やーちゃん)が日本人に“ヤーチャオ”と聞こえ、これが更になまって“イーチャオ”となり、その後“イチョウ”に転訛したという説や“一葉(いちよう)”の転訛とする説もあります。

イチョウの種子を銀杏(ギンナン)と呼びます。私たちが、ギンナンと呼んでいるものは、小さな杏(あんず)の果実のように見えますが、これは果実ではなく種子です。種子は三層から成っており、熟すると強い悪臭を放つ柔らかい肉質部分が種皮外層です。種皮外層に触れるとかぶれますが、この原因となる物質は、ビロボールやイチョウ酸といわれています。これらの物質は、植物全体にも含まれており、イチョウの葉を本に挿んでおくとシミ(紙魚)がつかないといわれています。店頭に並ぶギンナンの白く堅い殻が種皮中層です。殻を割ると、内側に薄い皮があり、これが種皮内層で、これに包まれた部分を食用にします。

イチョウは日本各地で、街路樹として植栽されています。東京の明治神宮外苑や大阪の御堂筋は有名です。初夏の芽吹きが美しく、秋の黄葉が素晴らしく、また落葉を敷き詰めた街路にも晩秋の風情が漂います。食用にするギンナンは、日本各地で生産されていますが、愛知県中島郡祖父江町(現在の稲沢市)の生産量は日本一です。ギンナンには栽培品種がいくつかありますが、大粒晩生・中生、中粒早生・中生などが主な栽培品種のようです。

枝や幹は、材が柔らかですが、質が緻密で細工が容易なため、碁盤、将棋の駒、将棋盤、彫刻材に用いられます。

イチョウの葉に薬効のあることは古くから知られていました。現在、注目されているのは、脳血流を増大させる効果があることから、記憶力の回復や認知症に対する治療効果です。事実、ヨーロッパでは、アルツハイマー認知症に、イチョウ葉エキス製剤が用いられていますが、日本では、医薬品として認可されていないのが現状です。

晩秋の一日、“生きた化石”イチョウと共に、太古の時代に、恐竜の時代に思いを馳(は)せてみませんか・・・

窓の外(と)は夕映え射して銀杏樹の
黄にかがやける秀枝(ほづえ)ひとえだ

宮 柊二

降れ降れと銀杏黄葉(いちょうもみじ)の幹たたく

仙田洋子