クスノキ

広島工業大学 環境学部 地球環境学科 教授 中野 武登(なかの たけと)

樹木全体から特有の芳香を放ち、古代から人々に親しまれてきたクスノキ。若葉の時は特に美しいものです。

クスノキの芳香は、樹木全体、特に材の部分に多く含まれている樟脳(しょうのう)(camphor)という成分の香りです。樟脳は、無色透明の固体で、セルロイドや無煙火薬の原料とされますし、防虫剤、防臭剤、医薬品などに用いられます。樟脳は、若木にはほとんど含まれておらず、樹齢50~60年に達する頃から、やっとかなりの含有量になるそうです。

かつて、樟脳には心臓の収縮力を強める作用があるので、カンフル注射液として重症の心不全や心臓衰弱患者などに盛んに用いられていました。これにビタミンを加えたものが、ビタカンファーです。両者とも、医師にとって重病や末期の患者に必要な注射薬であり、家族もカンフル注射に最後の望みをかけていました。しかし、昭和30年代になると、両者とも作用が不確実であることから、医療現場から姿を消していきました。しかし、カンフルは、世間に広く知れ渡っていたため、末期症状を呈している物事を回復させる刺激剤の意味で使われることがあります(会社の売上が落ち込み、カンフルが必要だ・・・など)。
クスノキは、西日本中心に分布していますが、自然植生の森林での生育は少なく、神社や人里近くに多く見られることから、中国南部や台湾から渡来した、史前(文字資料が残されている以前の)帰化植物という説があります。徳島県では、約25,000年前のクスノキの遺体が発見おり、吉野ヶ里遺跡出土の木製品の中にクスノキ製の木臼(うす)があります。古事記には、クスノキを船の資材に用いることが記されています。

クスノキは生長が良く、50年も経てば、一本の木で鬱蒼(うっそう)とした森のようになります。各地に巨樹が見られ、環境省が発表している、日本の巨樹ランキングの上位にクスノキが多くみかけられます。日本でクスノキの巨樹の筆頭は、鹿児島県蒲生(かもう)町(現在の姶良(あいら)市)、蒲生八幡神社の境内にある大クスで、幹周りが24.22m、樹高30m(環境省、平成11、12年度調査)、樹齢は1,500年程度と推定されています。 また、瀬戸内海の大三島にある大山祇(おおやまづみ)神社には、社殿の周りに約200本のクスノキがあり、国の天然記念物に指定されています。その中で最も古いクスノキは、推定樹齢2,600年で"乎千命御手植(おものみことおてう)えのクス"と伝えられており、幹周りは11.1mあります。
安芸の宮島にある朱塗りの大鳥居の主柱は、樹齢500~600年のクスノキの自然木で作られています。高さ16mで、重さ約60tある鳥居を建立できるクスノキの巨木を探すのは大変困難で、現在の鳥居のクスノキ探しには約20年を要したそうです。巨樹の確保が困難なため、宮島町では、平成15年から、クスノキを育てるプロジェクトがスタートし、島内に苗木を植樹し、約400年後の大鳥居の用材確保を目指しているそうです。

クスノキの学名は、Cinnamomum camphora(シナモマム カンフォラ)で、属名のCinnamomumは、桂皮のギリシャ名からで、種小名のcamphoraは、樟脳のアラビア名に由来しています。
和名のクスノキは、奇木(くすしきき)あるいは薬師木(くすしき)から転化したという説が有力のようです。日本では、クスノキに"樟"あるいは"楠"の漢字を用いますが、"楠"という字は、中国ではタブノキを指します。別名で"ナンジャモンジャ"がありますが、これは、ヒトツバタゴなど他の植物を指す場合があります。
クスノキが属しているクスノキ科は、世界に32属、約2500種が知られています。その中には、私達に身近な果物のアボガド、香辛料などに利用されるゲッケイジュ(月桂樹、ローリエ)やニッケイ(肉桂、ニッキ)などがあります。また、クロモジの枝は良い香りがするので楊子(ようじ)を作ります。

大学のキャンパスにも、随所に植栽されており、4月中旬頃から華やかな橙黄色の若葉が伸び出すと共に、古い葉が赤く染まり落葉します。葉の寿命は約1年です。
こんもりと葉を繁らせたクスノキの下で、初夏の薫風を肌に感じながら憩うのも幸せなひと時と思いますが・・・

玉楠の木の間にあふぐ朝の空
深き緑のしたたり落つるか

窪田 空穂

樟若葉見上げて神に近づけり

神山 白愁

撮影場所:新一号館前