和泉 敏太郎さん

中国電力株式会社

理事・島根支店副支店長

広島工業大学非常勤講師

1967年 工学部 電子工学科 卒業

自らの手でサークルを創設。草創期ならではの大学生活。

広島工大が開学した63年に入学。大学としての新しい伝統を自分たちの手でつくろう。

当時はそんな草創期ならではの清新な気風があふれていましたね。私も学内のこうした雰囲気に触発され、入学後間もなく、発起人となって基礎理論工学研究会を創設したんです。

数学がとにかく好きで、深く研究しようと考えてつくったサークルですが、15人前後ものメンバーが集まってくれたのがうれしかった。何でもこの研究会は現在でも存続しているとのことで、感慨もひとしおです。ちなみに私は在学中に英語会話クラブもつくってしまいました。

好きなことに何でもチャレンジして、そのひとつひとつを実現できた。自由でのびのびした学生時代を過ごせたと思います。

国産として第一号の島根原発づくりに取り組む。

卒業後の進路は中国電力。入社して半年経ったころに原子力推進本部に配属されました。その後、30年以上を私は原子力に関わっていくわけですが、この当時は国産第一号となる島根の原子力発電所づくりがスタートしたばかり。

原子炉の中で中性子がウランに当たって、どのように核分裂を起こしていくか。私はそれのシミュレーション解析に取り組み、その結果に基づいて制御システムが開発されました。49年の運転開始以来、島根原発が一度も事故を起こしていないことを考えれば、当時の苦労も報われた思いがします。

その後の私は、原子炉主任技術者の資格を取得し、島根原発の運転管理に携わるなど、より幅広く多彩に原子力関連の仕事に取り組むようになりました。

チェルノブイリを視察。そして母校で教鞭を執る。

原子力をめぐる業務を体験する中で、忘れられないのはやはり86年に発生したチェルノブイリの事故です。89年には現地への視察も行いました。ニュースで伝えられるほどの被害ではなかったというのが実状ではあったものの、この仕事に携わる責任の重大さを再認識する体験となりました。

そして現在は、原子力だけでなく、天然ガスを活用した燃料電池など、エネルギー供給の新しい可能性も模索中です。

また、それとともに昨年からわが広島工大で非常勤講師として「原子力工学」の講義を担当。後輩たちを相手にレクチャーしたり、ディスカッションしたりするのは、なかなか楽しいものです。知識や理論を教えるだけでなく、幅広い視野が身につくような講義とすることが目標です。