ひぐち ただひこ
樋口 忠彦 Tadahiko Higuchi
工学部 都市デザイン工学科
教授
出身:埼玉県
学生をフィールドワークに連れ出し「このエリア内で“気持ちいい”と感じる場所を探しなさい」と言うと、不思議なことに、多くの学生が同じ場所を選ぶんです。どこでやっても、どんな学生にやらせても、必ずそういう結果になる。つまり、誰もが行きたい場所、“気持ちいい”“居心地がいい”と感じる場所には共通点があるのです。
その代表例が「コの字型」の地形。背後と左右の三方を何かで囲まれ、前面が広く開けている場所に、人は落ち着きを感じます。かつて都があった土地を調べると、実はこの特徴を持った所が多いんです。京都も奈良も鎌倉も、全て三方が山に囲まれ、前面が広く開けている。山から流れる川に沿って町が形成されている。
これを『蔵風得水型空間』と呼びます。山を渡る風が町に吹き降ろして快適さを生み出し、川という豊かな水源もある。こういう土地では人々は気持よさを感じ、豊かな暮らしを営むようになります。都を設置するにあたり、蔵風得水型空間を重視したのも当然と言えるでしょう。
蔵風得水型空間の構造と構成要素
コの字型空間は、身近にもあります。例えばカフェ。カフェでも、落ち着く店とそうでない店があるでしょう? 同じ店内でも、くつろげる席とそうでない席がありませんか? こういう店の「落ち着く理由」を調べてみると、やはり背後が守られ、前方が開けている、という特徴が見出せます。
この特徴を指摘したのは、欧米で活躍するアレグザンダーです。彼は「人々が心地よいと感じる場所には共通するパターンがある」として、パタン・ランゲージという理論を提唱しました。コの字型、蔵風得水型空間に関する共感はどうやら、洋の東西を問わないようです。
都市計画を行う際には、このような「気持ちいい」「心が落ち着く」という視点も欠かしてはならないのではないでしょうか。人が好まれる場所になれば、自然と人は集まってくるのですから。そうした視点を身につける第一歩は、「この風景は心地よい」という感性を養うことです。私は、まちづくりに関わりたいと志向する学生にこそ、理論を学ぶだけでなく、「心地よさ」を肌で感じてほしい、と思います。
景色を眺めながら、居心地よく過(す)ごせるオープンカフェ(京橋川)
ゼミのある学生は卒業研究で、広島市中心部を流れる京橋川沿いの河岸緑地について取り上げました。河岸緑地は長く続いていますが、細かく見ると、いつも人がにぎわっている箇所と、あまり人に利用されていない箇所がある。学生がその差を調べたんです。すると、緑地のすぐ後ろにマンションやビルなどの建物がある箇所には人が多いが、緑地と建物の間に道路が走る箇所は人がほとんどいない、とわかったのです。
背後を建物で守られ、前方が川で開けていると、人は心地よさを感じる。でも建物と緑地の間に道路があると、人は落ち着かなくなる。ここにも、「心地よい場所」に共通する特徴が見られます。もちろん河岸緑地は、そこにあるだけでCO2を吸収し、ヒートアイランドを抑制し、防火にも貢献する存在です。ですが、せっかくの緑地帯ですから、なるべく人に利用されるものであった方がいい。こういうことを考える際に、「心地よい場所」に対する感性が活きてくるはずです。
感性を磨くには、風景を直接見るのが一番。学生と共に、可能な限り多くの風景に出会い、「心地良さ」を体感したいと思います。
京橋川沿いの河岸緑地(学生が撮影)。背後に建物がある箇所では、人の姿がひんぱんに見受けられる。
都市を回遊式庭園に見立てることで、
都市の魅力が蘇(よみがえ)った、ボストンの都心。
ゼミ取材 こぼれ話
卒業研究のテーマとして、広島の名勝・縮景園の魅力に取り組んだ学生もいます。縮景園は、眺めを楽しむ居心地よい場所が、園路沿いにたくみに配置されている、『回遊式庭園』。こうした回遊式庭園の発想をまちづくりに取り入れた例もある、と樋口先生は言います。「米国のボストンです。車社会になり、町は郊外に広がり、港や魚市場や市役所のあるかつての都心は、すたれてしまいました。そこで、港にはヨット・ハーバーやホテルやレストランを整備しました。魚市場は、古い外観が保存され、魚料理も楽しめる現代的な市場として蘇りました。そして港と魚市場と市役所を回遊するルートを、遊歩道にしたのです」。都市デザインには発想の柔軟性が不可欠ということが、先生のこうした話からも実感できます。