豊田 宏

とよた ひろし

豊田 宏 Hiroshi Toyota

工学部 電子情報工学科 教授
出身:広島県 (広島県立三原高等学校)
h.toyota.za@it-hiroshima.ac.jp

カメラ、家電製品、ペットボトルまで? 日常の様々なシーンを支える『微細加工』技術。

日に日に進化するデジカメ。ごく普通の一般人でも、そこそこ見栄えのする写真が撮れるようになり、活躍する場面が増えました。でも、もっと鮮明な画像を撮影できるようにならないか...と家電メーカーや光学機器メーカーがこぞって工夫を重ねています。そうしたデジカメの進化に欠かせないのが『微細加工』技術。「カメラなどの光学機器を始め、様々な製品に微細加工技術が活きているんです」と語るのが豊田先生。そもそも、微細加工技術って、どんなものなのでしょう?

ズラッと整列する円錐。高さは僅か750ナノメートル。

右の図を見てください。とんがり帽子のような円錐がたくさんありますね。これは石英ガラスに加工を施したものですが、突起の高さは僅か750nm(ナノメートル/1nm=100万分の1mm)。極薄の中に、きれいな円錐が形成されているのです。均等に、きちんと整列する形で。
これは私が作製した反射防止構造板です。光の反射は、通常、屈折率差の生じる境界で発生します。今、この円錐列が下地の石英板とつながっていて、屈折率変化がなだらかになっているので、この円錐列をもつ板に光が入射すると、ほとんど反射することなく石英板に光が導かれることになります。カメラで画像の鮮明さの決め手になるのは、レンズ内に入る光をどこまで有効活用できるか。この反射防止構造板はそうしたことに大いに役立つわけです。ナノサイズですから、カメラの構造や重量に余計な影響を与えず、むしろさらなる高性能化が可能でしょう。
私はずっと『微細加工』技術に取り組んできました。反射防止構造板も成果の一つですが、実はこれ、失敗作なんです。本当は円錐でなく、円柱を作るつもりでした。円錐になってしまったので「ダメだ」と思っていたら、他の研究者から「どうやって作ったんだ?」と問い合わせが殺到したのです。

石英ガラスで作った『反射防止構造板』。突起の高さは僅か750nmしかない。

微細加工の"常識"にとらわれなかったからこそ、新たな成果が生まれた。

粘土造形の際は、粘土の塊の上に型を置き、型からはみ出た周囲を削っていきますね。微細加工技術でも、やり方の基本はそれほど変わりません。削る対象が素材の原子や分子なので、条件はシビアですが。
反射防止構造板の作製には過去に多くの技術者が挑戦したものの、理想的なきれいな形状作製をうまく実現できませんでした。そこで私は、全く条件を変えてみました。微細加工に精通した者なら「あり得ない」と笑い飛ばすような設定だったのですが、当時の私は微細加工に携わって間もなかったので、"微細加工の常識"にとらわれていませんでしたから。それが、成功のヒントになったのです。"常識"のない研究者の"失敗作"が注目を集める成果となったのだから、運が良かったと思います。
この微細加工技術、いろんな分野で使われているんですよ。代表的なのが半導体デバイス。微細加工技術が発展したおかげで半導体デバイスの集積度があがり、スマホもパソコンも情報家電も、省サイズでありながら高性能になりました。意外なところでは、ペットボトルも。熱いホット飲料水の入ったペットボトルの中身の品質が変わらず維持できるのは、ボトルに品質変化を防ぐ微細加工が施されているから。
私たちの日常の至る所で、微細加工技術が発揮されているのです。

研究は主にクリーンルームで行うが、扱うものによっては、真空装置だけでも作れる。

紙にぴったりくっつき、曲げてもはがれない極薄の金属。

微細加工とは、素材を彫るエッチング技術だけではありません。薄膜を積み重ねることで自分の望む形を作り上げる、エッチングとは逆の技術もあり、私はその研究にも取り組んでいます。
右の写真を見てください。左側は私の名刺で、普通の紙です。右側の銀色の板にも、名刺と同じ文字が刻まれていますね。これ、名刺の上に、金属のニッケルを貼り付けているんです。ニッケルの厚さは僅か1µm(マイクロメートル/1µm=0.001mm)弱。だから紙と一緒に折り曲げられますし、曲げてもはがれません。
紙の表面をナノサイズに拡大すると、凸凹があります。このナノサイズの凸凹に合うようにニッケルの原子をち密に重ねていくので、紙の上に付けられたニッケルは違う素材同士でもはがれないわけです。もちろん、樹脂でもガラスでも、同様に金属を貼り付けることができます。異なる素材とくっついたまま、自在に曲がる金属...次の技術開発に利用できそうな予感がしています。
微細加工は現代社会に不可欠の技術。しかもその活躍シーンは、もっと増えていくでしょう。私も様々な工夫やアイデアで、微細加工技術の発展に貢献したいですね。

左は紙に印刷された豊田先生の名刺。右は、その名刺にニッケルの薄膜をつけたもの。

ゼミ取材 こぼれ話
思いついたら、とりあえずやってみるのが豊田先生の方針。テレビを見ている時でも研究のアイデアを思いつくと、すぐ試したくなるのだそうです。「うまくいかないことの方が多いけど」と先生は笑います。「でも、きちんと筋道を立てて考えた末のことなら、求める成果が出なくとも、意味があると思うんです」。そんな先生は、学生の研究に対しても「本人が希望した研究なら、余計な口出しをせず好きなようにやらせる」という姿勢を貫いています。反射防止構造板も、先生に言わせれば"常識はずれの失敗作"。常識にとらわれないこと、失敗を恐れないことの大切さを自身が知っているからこそ、学生のひらめきや自主性を大切に考えているのです。