石垣 衛

いしがき まもる

石垣 衛 Mamoru Ishigaki

工学部 環境土木工学科 准教授
出身:沖縄県那覇市(沖縄県立首里高等学校)
m.ishigaki.dx@it-hiroshima.ac.jp

瀬戸内海の中で起こる『格差社会』が、生態系を破壊している

高度経済成長期と言われた1960~1970年代。経済が目覚しく伸びる一方で、深刻化したのが環境汚染の問題です。人々は自らの行いを悔い、「自然を守ろう」と努力を重ねてきました。おかげで、日本の川や海は徐々に昔のような清らかさを取り戻しつつあります。しかし21世紀に入り、「海の格差社会」とでも呼ぶべき、新たな問題が指摘され始めました。『自然再生』という研究に取り組む石垣先生は、瀬戸内海を対象として、「海の格差」問題の解決に力を入れています。

生態系破壊により、日本の国家予算の約4.5倍に及ぶ資産が失われている

2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10締約国会議、いわゆる「COP10」において、国連の研究責任者がある発表を行いました。「生態系の破壊による全世界の損失を試算すると、年額420兆円」というものです。私たちは、環境を汚染し生態系を破壊することで、日本の国家予算の約4.5倍に及ぶ損失を毎年、生み出してしまっているのです。
「450兆円を失っている」と聞けば、多くの人々が「どうにかしないと」と焦り始めるでしょう。『環境保全・自然再生』は、単にスローガンを訴えているだけでは前に進みません。実態を調査するにも、問題解決のための技術を用意するにも、費用がかかります。その費用を持続的に捻出するための仕組みがなければ、かけ声だけで終わってしまいかねません。まず人々に「自然保護は自分たちの利益につながる」と認識してもらうことが大事。そのためには環境を経済的価値に換算し、市場経済の考え方を導入する必要もあります。
私が取り組んでいるのは、環境保全・自然再生に向けた『技術』と、再生した自然を長く維持するための『社会システム』づくりに関する研究です。

栄養塩のバランスの悪化が、海中生物の生育を阻害している

瀬戸内海も、高度経済成長期は環境汚染が激しかった地域でした。その後、公害が社会問題化したことによる法規制や環境整備が進んだおかげで、瀬戸内海全体としては水質改善が進んでいます。しかし、新たな問題が起こっています。それは『栄養塩循環・バランスの悪化』です。
瀬戸内海で養殖されているノリを見ると、昨今、色落ちしたものが増えています。通常、濃い緑黒色のはずなのに、白茶けたノリが多くなったのです。色落ちしたノリは商品として販売できず、大損害です。原因を調べると、どうやら栄養塩らしい、とわかりました。栄養塩とはリンやチッ素のことで、生物が通常の生活を送るために不可欠の要素。これが不足しているのです。
ところが、大阪湾全体で栄養塩が不足しているのかと言うと、そうではありません。大阪の都市沿岸部にある埋立地の周辺海域では、むしろ栄養塩が多過ぎるのです。多過ぎる栄養塩は、赤潮や青潮発生など別の問題を引き起こします。同じ大阪湾なのに、一方では不足し、一方では多過ぎる。循環がうまくいかず、バランスが悪くなってしまっているのです。まさに「海中で起こる格差社会」ですね。

1972年~1975年は湾全体で栄養塩が高めだが、2006年~2009年は、臨海部に栄養塩が集中している。
湾全体の浄化が進んだものの、栄養塩に偏りが出てきていることがわかる。

再生された自然は、地域に様々な利益をもたらし始める

解決策はいくつかあります。一つは、適切な箇所に流れを制御する構造物を設置し、海流を利用して沿岸部の栄養塩を全体に散らす方法。埋立地周辺から長い海底トンネルを設置し、栄養塩を多量に含む水を、栄養塩の少ない海域に直接送り込む方法もあります。海域内における栄養塩バランスが良くなった後、生物の住みやすい構造物をリサイクル材などを利用して造り、設置すれば、海域全体の水質が改善されるでしょう。
「海の格差」問題は、広島県の周辺海域でも起こっていると思われます。現在、私はその実態調査を行なうと共に、産・学・官に市民団体を加えたネットワークを形成し、地域全体で自然再生・維持に取り組む仕組みづくりを進めているところです。うまくいけば、自然が再生できるだけでなく、再生された自然が貴重な観光資源として収益を生み出し始めます。その収益を環境維持に活用すれば、税金などに頼らなくても、自前で自然保護が継続できるようになるわけです。
土木工学の研究者が社会システムづくりまで?と不思議に感じるかもしれませんが、土木工学の最終的な目標は『社会貢献』です。私のゼミからは、そういう意識を持った社会人を輩出していきたいですね。

ゼミ取材 こぼれ話
「『海の格差』問題と言っても、研究対象は『海』だけと限りません」と語る石垣先生。広島には、海と山の距離が近い、という特徴があります。距離が近いということは、それだけ森と海が川を通じて密接な関係にあると言えます。「海で起こる現象の原因は、山にあるかもしれません。広島の海周辺の実態を明らかにするためには、山の現象にも目を向けなければ、と考えているんです」。実態調査のやり方はまず、公的機関などによって既に収集されている整理・分析。そこから仮説を立て、現地に赴いて実態を調査。また問題が明らかになった後の解決策を考える上では、試験体を自分たちで作って実験を行なうことも。先生のゼミでは、様々な体験ができそうです。