伊藤 雅

いとう ただし

伊藤 雅 Tadashi Itoh

工学部 環境土木工学科 教授
出身:鳥取県米子市(鳥取県立米子東高等学校)
t.itoh.sn@it-hiroshima.ac.jp

廃線の危機にあった鉄道を『たま駅長』などの斬新な試みで復活させた、立役者の一人

かわいらしいネコの『たま駅長』で有名な鉄道...と聞くと、テレビや新聞などで見たことがある人もいるのでは? 実は伊藤先生は、たま駅長が活躍する和歌山電鐵 貴志川線を再生させ、地域活性化に貢献したプロジェクトの主要メンバーの一人。「公共交通を考えることは、地域のコミュニティをどう維持し、どう活性化させるか、に直結する重要な問題。私は『公共交通を活かした、人と環境に優しいまちづくり』とは何か、について研究していきたいのです」と先生は語ります。

人と環境に優しいまちづくりには、公共交通の活用が不可欠

鉄道・バスなどの公共交通は、マイカーに比べ圧倒的に優れている点があります。それは「環境に優しい」ということ。鉄道のCO2排出量は、マイカーの10分の1以下ですし、大気汚染や渋滞、騒音の問題も小さい。また高齢化の進む日本の社会では、マイカーに乗れない人も今後増えてきます。公共交通をうまく活かすことが、人と環境に優しいまちづくりには欠かせないのです。
和歌山電鐵 貴志川線での取り組みは、その好例です。和歌山市と貴志町を結ぶ14.3kmの路線は、1日約5000人を運ぶ地域の大切な足。ですが、年間5億円以上の赤字を計上しており、廃止の話が出てきました。地元では、地域の足を守るという点から存続して欲しいと署名活動を開始しましたが、2004年には当時の鉄道会社が廃止を決定します。
しかし、話はそこで終わりません。住民を中心に、行政や学者など様々な立場の人々が、貴志川線廃止によって起こる問題を指摘し始めたのです。

住民と、産・学・官が一体になった『ご近所の底力』が貴志川線を再生した

鉄道を車で代替すると、交通事故が増えます。大気汚染や騒音・渋滞の問題も起こります。豊かな自然という地域の魅力も失われるでしょう。我々はこれらの問題を経済的価値に置き換え、試算してみました。すると損失額は、年間約15億円と推定されたのです。5億円の赤字が原因で路線を廃止した結果、新たに15億円の損失が生まれるのでは、意味がありません。
路線存続に明確な意義を見出した結果、沿線自治体が支援を表明し、また主旨に賛同してくれる企業が現れ、「たま駅長」などの斬新な試みが功を奏して、貴志川線は復活。今や地域活性化を担う中核となっています。住民を中心に産・学・官の地域コミュニティが一体となった、『ご近所の底力』とでも呼ぶべきパワーが、地域における公共交通のあり方を決定づけたと言えるでしょう。
広島にも山間部など公共交通網の未整備な地域があります。もともと線路のない地域だと貴志川線のような形はとれませんが、それでも環境負荷が小さく、柔軟な運行のできるコミュニティバスや乗合タクシーは活用できます。大切なのは、地域の実情に合った、人々の望む公共交通のあり方を考えることです。

貴志川線では「たま電車」など様々な工夫が実践されている。

駅前再整備、LRT、軌道緑化...様々な角度から公共交通のあり方を追究

今、広島駅前再整備に関わる研究にも取り組んでいます。広島駅への路面電車の乗り入れ方が変わると、人の流れも大きく変わります。どのやり方が乗客や歩行者、また地域にとってベストか?それを決めるには、再整備の姿を実際に見るのが一番。そこで駅前広場における現在の人の流れを調べ、データを基に再整備後、動線がどうなるかをシミュレートし、アニメーションで提示するソフトを独自に作成しました。アニメだと再整備後の駅前広場の姿がよくわかるので、関係者の合意形成がしやすくなるでしょう。
LRT(次世代型路面電車)の導入・整備に関する研究も、柱の一つ。停車駅のホームと車両の段差がなく、高齢者や障害者でも乗降がスムーズにできる低床型のLRTが今以上に普及すれば、人はもっと快適に公共交通を使えるようになります。また軌道内外に芝生を植えることで、ヒートアイランド現象や騒音を抑制する『軌道緑化』にも着目しています。
公共交通がうまく機能すると、地域に活力が生まれます。そういう公共交通のあり方をどんどん提示していきたいですね。

広島駅前における再整備後の人の流れをアニメで再現。

ゼミ取材 こぼれ話
ヨーロッパには、路面電車をうまく取り入れ、人と環境に優しいまちづくりを実現している所がたくさんある、と語る伊藤先生。軌道緑化などを実践する街も珍しくありません。ならば広島でも、軌道緑化が進んでも良さそうなものですが...。「もちろん、行政にも企業にもそういう考えはあります。ただコストが問題です。広島の路面電車だと、芝生を1m植えるのに20万円、5kmで10億円かかる。維持管理も大変で、なかなか実現しないんです」と先生は答えます。「まず、道路空間をどう使うかという『道路空間再配分』の指針を立てるのが大前提ではないでしょうか。今の道路は、大部分がマイカーで占められている。それでいいのか?と疑問を持つことが、第一歩だと思います」。

  • ヨーロッパには、人と車と電車、それに自然が共存した街も多い。