竹野 英敏

たけの ひでとし

竹野 英敏 Hidetoshi Takeno

情報学部 知的情報システム学科 教授
出身:広島市佐伯区 (広島県立五日市高等学校)
h.takeno.au@cc.it-hiroshima.ac.jp

職人の持つ"熟練の技"を受け継ぐための、学習システムを開発。

自らの手の感覚だけで、凹凸のある木材を完全な平面に削る。機械を手足のように操り、金属をミクロン単位で調整する。高性能コンピュータやマシンを駆使してもマネできない、極限の加工を行う人々がいます。そうした"職人"が、モノづくり大国・ニッポンを支えてきたのです。しかし職人たちの引退により、現場から徐々に"熟練の技"が失われつつあります。日本の高度なモノづくりに不可欠の"熟練の技"を、より多くの人が習得できる。そんな学習システムが必要だ、と竹野先生は考えています。

モノを単純に真っ直ぐ切るだけでも、それなりの熟練が必要。

あなたはのこぎりで木材を切ったことがありますか? 金槌で釘を打ったことがありますか? 木を切り、やすりをかけ、釘を打ち、簡単な本箱などを組み立てた経験は? 自分で何かを作った経験のある人なら、わかるはずです。木材でも金属でも、自分の力で正しく加工する難しさを。単純に真っ直ぐ切るだけでも、不慣れな人はうまくできません。
「そういう加工は機械でやればいいじゃないか」と思うかもしれません。そうはいかないのです。確かに機械を使えば、ある程度自由に切ったり削ったりできます。しかし、最後の微妙な調整まで全て機械がこなすのは困難で、どうしても人の眼と手が必要になってきます。実際、工場などの現場では、多くのベテラン技能者が活躍しています。ベテラン技能者の経験とカンがなければ、高精度・高品質の加工はできないからです。
ベテランが持つ熟練の技を受け継ぐのは、容易ではありません。また高齢化により、活躍していたベテランの職人が現場を去ると、せっかく蓄積された技も消えてしまいます。これは日本にとって、大きな損失です。
熟練の技を残し、次の世代に受け継ぐ。私はそのためのシステムを構築しようとしています。

アイカメラと力覚フィードバック装置により、職人の動きが体感できる。

職人の技を学ぶには、テキストを読み込んだり、作業中の職人を写した映像を見る方法があります。しかし文字や映像だけでは、例えばモノを切る時、職人がどこに力を込めているか、また職人の視線がどこにあるか、などがわかりません。材料の加工を行う際は、こうした視覚や力覚が、とても大事なのです。
そこで私は、視覚や力覚まで習得させる学習システムを考案しました。まずベテランの職人に、顔にはアイカメラを、腕には力覚フィードバック装置を着けてもらった上で、加工作業を行ってもらいます。アイカメラで職人の眼の動きを追いかけ、また力覚フィードバック装置で、作業の際に腕にどんな力が働いたかを記録。これらをデータ化するのです。
次に、初心者(私は「初学者」と呼んでいます)にアイカメラと力覚フィードバック装置を装着させます。そして職人が作業を行った際のデータを再現するのです。すると初学者には、アイカメラと力覚フィードバック装置を介して、職人の視線と腕の動きが伝わるのです。モノを切る時、どこを見て、どこに力を入れるのか、システムを通して学べる、というわけです。

アイカメラを使うと、装着した人の目の動きを記録できる。

力覚フィードバック装置を使えば、熟練者の動きを体感することができる。

モノづくり大国を支えるための人材育成に貢献したい。研究は始まったばかり。

私の学習システムは、工業科の高校生やモノづくりを学びたい社会人に利用してもらうことを想定しています。このシステムだけで職人の技を全て習得するのは難しいでしょう。が、モノを切る・削る時の基本に気づけるだけでも、初学者には意味があります。
研究はまだ始まったばかりです。システムを形にするには、アイカメラや力覚フィードバック装置を駆使し、データを蓄積しなければなりません。また実際に運用した際、初学者の技能にどんな向上が見られるか、という検証も必要でしょう。
私の研究室では他に、職人の動きを3DCGで立体映像化するコンテンツづくりにも着手しています。CG映像なので、360度の回転が可能。これを利用すれば、「職人の手元が見たい」「作業時の動きを違う角度から見たい」といった初学者の声にも応えられるのです。
日本のモノづくりの強みは、「高精度・高品質」にこそあります。ここを徹底的に磨くことで、日本は世界の中で独自の価値を放つ存在となるのです。
モノづくりを愛し、技を極める人材を育成するために、私の学習システムや各種技能コンテンツを役立てたいですね。

学習システムなどが提供するコンテンツに、利用者が「楽しく」取り組めているかを検証するため、脳波計も使用する。

研究に使用する機器。上の白い球形のものが力覚フィードバック装置。下の黒い装置は脳波計。

ゼミ取材 こぼれ話
職人の熟練した技を学ぶのが学習システムの第一の目的ですが、初学者がなぜうまくこなせないのか、原因を探ることにも利用できる、と竹野先生は言います。「初学者にアイカメラと力覚フィードバック装置を装着させ、自分の思い通りにやらせてみます。そのデータを、熟練者のデータと比較してみるのです。すると、どこで無駄な動きが発生しているか、作業を行う上で抑えておくべきどのポイントを見逃しているか、がわかります」。誰もが気軽に、しかも楽しみながら学習システムを活用できるよう、どこまでできたかを点数にして提示することも考えている、と先生は言います。このような工夫の数々により、学習システムはさらに有用なものになっていくでしょう。