2004年度に卒業・修了された皆さんへ
お祝いの言葉を申し上げます。
卒業生の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。保護者の皆様もご子息のご卒業にそれぞれ感慨深いものがおありのことと存じます。心からお祝い申し上げます。またご来賓の皆様には、お忙しいところ、卒業する学生諸君を祝うため駆けつけていただきましてありがとうございます。
先ほどはいろいろな場面で顔なじみとなった諸君をできるだけ思い出しながら、各専攻および学科の代表の方々に学位記と卒業証書をお渡ししました。少し時間をとりましたが、卒業式の最も重要なプログラムなのでお許しください。
諸君に学位記と卒業証書を渡しながら、1月21日、交通事故でなくなった知的情報システム工学科のY君のことを思い出しました。残す単位は卒業研究の5単位で、それも発表するだけだったとのことです。そして諸君と同じくこの日を迎えようとしていました。もちろん就職も決まっていました。学期終了まであと10日、今日の卒業式まで2ヶ月もありませんでした。大変残念なことです。バイクで交差点に差し掛かった彼は右折する車に衝突し、12時間後に病院で息を引きとりました。教授会の特別なはからいで亡くなった日付で卒業証書をお渡しすることができました。しかしここにはいません。
彼にとっては、突然の不本意な出来事であったことでしょう。実はY君のほかに3年生のときにもう一人同級生が亡くなっています。不本意にも人が命を失うことは年末のスマトラ島沖大地震による津波が今なおわれわれの記憶に新しいところです。たまたまというか、不運なめぐりあわせで命を落としています。「理不尽なめぐりあわせ」とでもいうべきでしょうか。「理不尽なめぐりあわせ」で若くても突然命に関わる難病に罹ることもあります。
しかし諸君は晴れて今日の卒業式を迎えここにいます。今日の諸君はことさら輝いて見えます。諸君はY君より注意深かったからでしょうか。それとも過ちがなかったからでしょうか。もちろん、諸君は今日の日を迎えるためにいろいろな面で人一倍努力もしたことでしょう。それを承知のうえでなお、私には、「諸君はこれまで生かされてきたのではないか」と思えます。保護者の方々や指導の先生方、友人をはじめ多くの人々の支えによって生かされてきたことは言うまでもないことです。それ以上に、「偶然」と言うと薄っぺらな表現になりますが、何かわれわれをはるかに超えた力によって生かされてきたのではないかということです。諸君は生かされて今日の卒業式を迎えているということです。
生かされて卒業式を迎えた諸君の社会への船出にあたって、「志」という言葉を贈りたい。志という漢字は「士の心」と書きます。「士」はある資格をもった人という意味ですが、志とはそのような人の心ということです。人の思いとか計画あるいは情熱と言ってもよいと思います。水は高いところから低いところに向かって流れます。これは自然の理です。人間も多くの場合、「高き」から「低き」に流れます。未知の新しいことを提案し実行するより、現状維持する方がある意味では間違いもなく確実で容易です。しかし志は人に低いところから高いところに向かって水を流すことをさせます。不安を抱きながらも、あえて未知のことに挑戦させます。苦しいことを承知であえて挑戦させます。スポーツ選手の訓練はそのいい例でしょう。また自分の時間を犠牲にして災害復旧に行かせます。昼食代を削って支援の募金をさせます。すべて「志」がなさせることです。ことの損得や難易を越えた行動です。
「生活は質素に志は高く」とは18世紀から19世紀にかけて活躍したイギリスの詩人ワーズワースが言った言葉だそうですが、ぜひ高い志を持ち続けてください。志は情熱を生み、人を前に向かせ、そこに道をつくります。もちろん、時には志がかなわぬ状況になることもあります。しかしそのような時こそ志を持ちつづけることが大切です。
「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」は、本学の教育方針です。諸君は4年ないしは6年この教育方針のもとで学んできました。「社会に奉仕する」の「奉仕」すなわち「仕える」はギリシャ語では「下に」という前置詞と「船を漕ぐ人、漕ぎ手」という名詞からなりたっているそうです。だとすると、「社会に奉仕する」とは社会という船を漕ぎ動かすことです。本学の教育方針は「社会の漕ぎ手とならん」という志を持つことになります。社会のエンジンとなることです。
ところで、今日の卒業式には、昨年に引き続き、本学の第2回の卒業生と卒業後25年になる先輩たちをお招きしました。お立ちいただけますでしょうか。ようこそおいで戴きました。ありがとうございます。第2回卒業生は卒業後38年になります。還暦を越えたころのお年でしょうか。卒業後25年組は40歳後半で人生の最も忙しい年代です。いずれにしろ、本学卒業後それぞれの人生を歩いて来られました。「生きてきた」とお感じでしょうか。「生かされてきた」とお感じでしょうか。卒業していく現役諸君の初々しい姿の中に、若き日の皆さんの姿を重ね、その時の「志」をもう一度確かめる機会として下さればと願っています。
卒業生諸君、卒業は業を終えると書きますが、今日の卒業式は大学を去ることではなく、広島工業大学との新しい関係の始まりであると考えてください。広島工業大学は卒業生との関係を大切にし、卒業後も皆さんの活躍を支援したいと考えています。卒業生も対象としたエクステンションプログラムを展開したいと考えています。共同研究や人材育成での産学連携もいたします。また個人的なことでも対応します。あって欲しいことではありませんが、もし早期退職や転職を考えることがあったら一人悩まず大学に連絡してください。卒業後も就職の斡旋を必要とする人は就職部と連絡をとってください。船出した諸君にとって広島工業大学はいつまでも拠点としての港、母港であります。
25年後、そして38年後、今日卒業式に参加していただいた先輩の方々のように、諸君の一人ひとりの志に関する物語をたずさえて、大学に戻ってきてください。
あらためて卒業おめでとう。よい船出を。