2003年度に卒業・修了された皆さんへ
お祝いの言葉を申し上げます。
卒業生の皆さん、卒業・修了おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。またご来賓の皆様には、お忙しいところ、卒業する学生諸君を祝うため駆けつけていただきましてありがとうございます。
先ほどは、大学のために献身的に働いてくれた自治会や体育会の諸君、あるいは課外活動の場で出会った諸君、オープンキャンパスや技術フェアで研究室の研究について誇らしげに一生懸命説明をしてくれた諸君など、思い出せる限りの顔を思い出しながら、代表の方々に卒業証書や学位記をお渡ししました。皆さんの卒業を心から嬉しく思っております。直接皆さんを指導された先生方はもっと感慨深い思いをお持ちのことと思います。今日は、諸君は、ことさら輝いて見えます。きっと、心の中に期するものがあるからでしょう。今の気持ちを大事にして下さい。また、保護者の皆様には,ご子女のご卒業にほっともされ、またさぞや晴れがましい思いをしておられることと存じます。あわせてお祝い申し上げます。
卒業生の皆さんは、4年間、広島工業大学で学び、技術者としての力を精一杯つけました。そして今、大海に船出をしようとしています。しかし、身につけた力は人の命を預かる技術者として最小限のものであることは諸君が一番自覚していることと思います。われわれもそれを承知で大海に送り出そうとしております。大学院修了の諸君も事情は同じです。責任ある仕事をするにはなお多くのことを学ぶ必要があります。今日は一つだけ申し上げます。
ご関係の方がおられたら失礼をお許しください。数ヵ月来、鳥インフルエンザが社会問題となっています。その中で先日、鳥インフルエンザが発生した会社の会長さんご夫妻が自ら命を絶つという大変痛ましい出来事がありました。その会社で飼っていた鶏が大量に死んだ時、鳥インフルエンザはすでに社会問題となっていました。にもかかわらず、認識があったかどうかは別として、その会社は生きている鶏を売りに出しました。そして,結果的に、広い範囲に影響がおよびました。皆さんはこの出来事をどう思うでしょうか。
私は、1年生の総合特別講義で、スーパーマーケットにおける製造日改ざんに関する新聞記事をもとに技術者倫理について考える授業をしました。100名を超える大教室での授業でしたが、倫理について少しく学んだ後、6人から7人のグループに分かれてロールプレイをしました。ロールプレイとは、ある事柄に関係した場面を設定して仮定の役割を演ずる一つの教育法です。店じまいをした後、明日の品揃えをしている場面で、店長や経理担当課長に加えてアルバイトの学生も登場させてリアルな場面を再現してくれたグループもありました。
もし、今回の鳥インフルエンザの事件に対してロールプレイをするとすれば、皆さんはどのような場面を想定し、どのような人物を登場させ、どのような展開のロールプレイを考えられるでしょうか。
同じ授業の中で、私は次のような質問をしました。「バイクに乗っている時、突然後ろに白バイが現れ、赤いランプが回り出した。どうもスピード違反を犯したらしい。確かに時速50km近く出ている。この時君はどうしますか」と。
私が指名した3人の学生は3人とも、「安全を確かめながら左に寄り、停止する」と答えました。模範解答です。
実は恥しいことですが、これは、移転して間もない前任の大学で、広島市内での会議を終えJR西条駅から大学に向っていた時私が体験したことです。私も学生諸君が答えたように左側に停車しました。しかし、白バイの赤いランプに気づいた瞬間、「まずい」と思いました。そして次の瞬間、「このまま逃げおうせられないか」という思いが頭をよぎりました。ほんの一瞬のことです。時間にしてコンマ数秒間だったでしょうか。もう20年も前のことですが、今でも鮮明に思い出すことができます。コンマ数秒後、私は、「それはやっていけるはずがないこと」と判断し、停車したわけです。
どんなことにも、この「コンマ数秒間」という時間帯があるのではないでしょうか。そしてそこには「言い訳」があります。「製造日改ざん」では、店しまいの後にこの「コンマ数秒間」にあった「言い訳」を学生諸君が演じてくれました。自殺にまで至った痛ましい事件ではどのような場面で何秒だったのでしょうか。
技術者倫理というと大げさに聞こえますが、技術者倫理とはこの「コンマ数秒間」における技術者としての対応だと1年生に話しました。「コンマ数秒間」の場面は、養鶏会社の会長やスーパーの店長のようにトップの立場の技術者だけが遭遇することではありません。店長に命ぜられて日付を変えるスタンプを押すというアルバイト学生の立場のような技術者として遭遇することもあります。しかし、いずれの場合も技術者としての価値が問われることには変わりはありません。
皆さんは,本学に在学中、「常に神と共に歩み、社会に奉仕する」という言葉を何度か目にし、耳にしたことでしょう。学生便覧にも書かれております。本学の教育方針です。私は、その意味するところは、「高い倫理観と自然への畏敬の念(畏れ敬い)を持ち、人と人との関係を大切にすること」だと理解しております。まさに「コンマ数秒後」の判断のもととなる言葉だと思います。皆さんは特に意識することはなかったかも知れませんが、本学在学中にこの教育方針に接してきました。「コンマ数秒後」の判断を誤らないための教育を受けてきたということです。それは本学の伝統となっています。そして諸君を含め本学の卒業生はその点で社会から高い評価を得ております。他の技術系大学の卒業生にはないものです。誇りに思っていいことと思います。
先ほどは、「一つだけ」と申し上げましたが、「もっとも大切なこと」と言うべきだったかもしれません。社会にあっても技術に関する知識以上にこの言葉を大切にしてください。技術者としての「コンマ数秒後」の判断のもととなる言葉だからです。
ところで、今日の卒業式には、本学の前身である広島工業短期大学の卒業生および広島工業大学第1回卒業生と卒業後25年になる先輩たちをお招きしました。お立ちいただけますでしょうか。ようこそご出席戴きました。ありがとうございます。
第1回卒業生は卒業後38年になります。還暦を越えたころのお年でしょうか。卒業後25年組は40歳後半で人生の最も忙しい年代でしょうか。今日は銀婚式ならぬ銀業式です。何れにしろ,今日お見えの皆さんは,本学卒業後それぞれの人生を歩いて来られました。卒業していく現役諸君の初々しい姿の中に,若き日の皆さんの姿を重ね、その時の「志」をもう一度確かめる機会としてもらうことを期待してお招きしました。いかがでしたでしょうか。これを機会に、若き時代の友との絆を固くし、また新しい気持ちでそれぞれの場で日々はじめていただければ幸いです。
卒業生諸君には、これから社会に巣立つに当たり、本学を卒業して、38年あるいは25年という年月を立派に生きてこられた先輩たちを目の当たりにし、これからの航海の励みとして欲しいと思っております。
広島工業大学は、これまで以上に卒業生との関係を大切にしていきたいと思っています。卒業は、業を終えると書きますが、今日の卒業式は大学を去ることではなく、広島工業大学との新しい関係の始まりであると考えてください。
平均年齢が80歳を越える時代になったいま、学部生として本学に在学した4年間は人生のたった5%に過ぎません。しかしその5%は大変貴重なものです。卒業後もそれを限りなく大きく膨らませて欲しいと思います。今日からは、ここにいる同期の1,000名だけではなく、本学卒業生の30,000余名が諸君の仲間になるということです。
25年後、そして38年後、今日卒業式に参加していただいた先輩の方々のように、諸君の一人ひとりの物語をたずさえて、母校に戻ってきてください。諸君に誇りに思ってもらえる母校であるよう、諸君の後輩とともに努めます。諸君も、「高い倫理観と自然への畏敬の念(畏れ敬い)を持ち、人と人との関係を大切にする技術者」として、それぞれの場で励んでください。われわれはそれを誇りに思います。
諸君のいい船出をお祈りし、お祝いの言葉とします。