結核菌に効果がある抗生物質の「ストレプトマイシン」を作り出す、「放線菌」という微生物があります。実は放線菌の遺伝子のうち約80%が、通常の生育条件では活動しない『休眠遺伝子』です。この眠ったままの遺伝子を目覚めさせることができれば、これまで以上に大量の抗生物質を、あるいはまだ実用化されていない新たな抗生物質を作り出せるかもしれない...それが研究のスタートでした。
どうやって目覚めさせるか。ヒントは「ストレス」です。放線菌は栄養源を欠乏させる、すなわち「空腹」というストレスを与えることで、抗生物質の生産を始めます。余談ですが、稲作を行う水田で時々、水抜きを行うのは、「水不足」というストレスを与え、稲の生育を良くするため。適度なストレスを感知した時、最大の能力を発揮する性質が、どの生物にも備わっているのです。
ストレスの基になる要素は栄養源や水の他にも、酸素・化学物質・温度・光・圧力など多種多様にあります。どのようなストレスが、放線菌のどのような能力を目覚めさせるのか。私たち研究チームは、そのメカニズムをいくつか発見しました。
抗生物質「ストレプトマイシン」を作る放線菌
(Streptomyces)
栄養源欠乏に伴う放線菌の変化。一番左が通常の状態。
栄養源欠乏というストレスにより
抗生物質を作り出しているのが右二つ。(J. Bacteriol. 1987)
採取した放線菌から、抗生物質を作らない株を選出。薬剤を用いて、抗生物質であるリファンピシンとストレプトマイシンに対する耐性を持たせました。すると、その中の約50%が抗生物質を作り始めたのです。ストレス(この場合は薬剤)により、休眠していた遺伝子が目覚めたわけです。
詳しく調べると、ストレプトマイシンへの耐性を持った放線菌の場合、リボゾーム内に変異が起こっていました。リボゾームは本来、タンパク質合成に関わる器官で、抗生物質生産には関与しないはず。それがストレスの影響を受けて“改変”し、結果、抗生物質を作る遺伝子が活性化されたのです。一方、リファンピシン耐性菌では、遺伝子発現に関わるRNAポリメラーゼに“改変”が起こり、休眠していた遺伝子が目覚めたようです。
予想をはるかに上回る休眠遺伝子が微生物に存在することを発見し、またそれをどうすれば目覚めさせることができるか、を明らかにした私たちの研究成果は、世界の学者が注目するイギリスの科学誌『Nature Biotechnology』に掲載されました。
放線菌だけではありません。例えば納豆菌のようなありふれた微生物も、RNAポリメラーゼの改変を適用してみたら、多量の抗生物質を作り出しました。つまり私たちの開発した技術は、あらゆる菌に対応できるのです。技術的にはシンプルで、企業でも容易に活用できます。また、遺伝子組換え技術などではないので、最終消費者に不安を与えることもありません。
新薬開発はもちろん、農業・工業・食品分野における微生物利用にも、私たちの技術が影響を与えるでしょう。従来の抗生物質が効かない『多剤耐性菌』なども解決できるかもしれません。また、微生物から見出された有害物質を分解する能力が、環境問題の解消に役立つことも考えられます。休眠している遺伝子が“宝の山”となるのです。
もう一つ、注目しているのが『希土類(レアアース)』です。実は微量の希土類が、植物などの生育を促進する、とわかっています。『リボゾーム工学』とも呼ぶべきリボゾーム“改変”とRNAポリメラーゼ“改変”、それに新たな分野である『希土類を利用した生物学』。多彩なアプローチで休眠遺伝子を目覚めさせ、社会の発展に貢献していきたいと思います。
越智先生の研究は『Nature Biotechnology』を始め、世界の一流科学誌で発表された。
ゼミ取材 こぼれ話
『Nature』誌のほか、『Cell』誌・『Pro.Natl.Acad.Sci』誌(共にアメリカ)といった一流科学誌で論文を発表した越智先生の研究チームの成果は、世界中の学者のみならず、医薬や食品など産業界からも注目されています。そんな先生に、ゼミの学生に望むことは?と聞くと「学生に研究のやり方だけを教えようとは思っていません。むしろ重視するのは、学問に対する姿勢。研究を通じ、物事にあたる際の真剣さ、論理的に考えぬくことの大切さを、学生に教えたい。もちろん、社会人として守るべき常識もきちんと指導します」と笑って答えてくれました。研究テーマの面白さもさることながら、人間性を磨きたいと考える人も、先生の研究室を訪ねてみては?