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広島工業大学

情報システム学科

住田 光子

教員紹介

住田 光子SUMIDA Mitsuko

情報学部 情報システム学科 准教授

研究紹介

研究者情報

プロフィール

【専門分野】
○演劇
○英文学
○映像表象
【担当科目】
ETC A / B 、 キャリア英語 A / B 、 特別英語 A
【研究テーマ】
1.イギリス初期近代演劇と現代の舞台演出意匠
2.シェイクスピア劇のアダプテーション(翻案)
3.ロベール・ルパージュやトム・ストッパードの演劇の演出意匠
4.アーカイブ映像を利用した上演研究
【ひとこと】

理工学生に、魂が揺さぶられるような舞台芸術に出会うきっかけをつくることができれば幸いです。ものづくりを通して、可能性をひろげていきましょう。

研究紹介

住田 光子SUMIDA Mitsuko

情報学部 情報システム学科 准教授

演劇や映像表象を学ぶことで、情報の正しさを見分ける教養が身につく
PROLOGUE

『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』など多くの名作を残した劇作家・シェイクスピア。16世紀から17世紀に発表された彼の作品は、現代もなお演劇や映画などで上演されています。しかしシェイクスピアの生きた時代と、400年を隔てた現代とでは、社会状況や人々の価値観が大きく異なります。そこで、現代の価値観によって原作をアレンジし、脚色や改変を加えて上演することも珍しくありません。これをアダプテーション(翻案・翻案作品)と呼びます。このアダプテーションを対象に、アレンジを加えた背景を研究しているのが、住田先生です。

過去の原作に、現代的な切り口を加える「アダプテーション」

イギリスの劇作家トム・ストッパードは1966年、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』という戯曲を発表しました。作品の主役である2人の男は、シェイクスピアの『ハムレット』にも登場します。しかし『ハムレット』では、主人公のハムレットに手玉を取られ、身代わりに処刑されてしまう、愚かな役柄です。 ハムレットの時代では、神が唯一の存在であり、神の与えた運命に対し疑念を抱くのは罰当たりなことです。だから愚かな2人が愚かなまま死んでいくのは、言わば自然な成り行きでした。しかし、現代の価値観は異なります。愚かだからと言って、なぜ2人は納得のいかない死の運命を受け入れなければならないのでしょう。愚かさが理由で消されるという運命はどこかおかしい、矛盾しているのではないか。ストッパードの戯曲を見た1960年代の若者は、主役2人にそんな共感を覚えたのです。愚かさも、人間の愛すべき一面であると。 このように、原作の設定を借りながら、現代の視点を盛り込んでいけるのが、アダプテーション(翻案・翻案作品)の面白さの一つです。もとの作品とアダプテーションを比較検討すると、改作がなされた時代の人々の価値観の変化を見ることができます。

『ローゼンクランツとギルデンスターンは
死んだ』などを題材に研究

過去と現代の価値観の変遷が現れる

シェイクスピア作の『ヴェニスの商人』は当時、喜劇作品として受容されていました。しかし、貪欲な金貸しとして描かれているユダヤ人のシャイロックは、ユダヤの立場からすると悲劇ではないか、という見方もあります。現代では、キリスト教徒に対するシャイロックの感情にスポットをあて悲劇として翻案されることも珍しくありません。当時の宗教観や民族観と現代を比較すれば、何がどのように変遷したのかがわかります。 1990年に初演された『エンジェルス・イン・アメリカ』というトニー・クシュナー作の戯曲があります。1980年代のアメリカが舞台で、HIV (ヒト免疫不全ウィルス) に侵された同性愛の男性が主人公です。80年代初期、AIDS(後天性免疫不全症候群)には「同性愛者がかかる不治の病」という偏見がありました。第1部の物語の終盤、主人公のもとに天使がやってきます。そこに救いが見出される気がするのですが、2017年のロンドンの再演では、趣が異なっていました。やってきた天使の姿が、美しく神々しいものではなく、暗く灰色で恐ろしい身なりで、翼はぼろぼろで、天使とは程遠い姿でした。 これもアダプテーションの一つ。1987年にAIDS治療薬ができ、時代のなかで同性愛者への差別が間違っていることを私たちは学びました。しかし、治らない病に対する恐怖、未知のものに対する偏見は、なお存在します。病気の男性が枕元で見た灰色の天使は、時代のなかにある恐怖を具現化したものに思えるのです。

研究に使用する劇の素材。
『エンジェルス・イン・アメリカ』
の戯曲と批評。

演劇は、エンジニアの目指す社会を見つめる

文学や演劇、映像を研究対象とする私が、なぜ情報学部のゼミを開講しているのか。それは「エンジニア」と「情報」と「多様な社会」に、深いつながりがあるからです。学生は、変化の著しい情報化社会にいて、将来、エンジニアとして暮らしを豊かにする仕事についているかと思います。情報学や理工学と、演劇や映像表象は遠い分野に思われるかもしれませんが、実は親和性は高いのです。演劇は隣の分野とつながっていく学問であるのも醍醐味のひとつです。 人は生まれるとしだいに言葉を獲得していきますが、言語の使い方が不十分であるなら、仮にそれがインターネットで拡散されると、社会の混乱や偏見につながることもあるでしょう。舞台芸術ではそうした人間の営みを、臨場感あふれるものとして再現します。近年は、舞台芸術のなかで、照明や音響の技術革新だけでなく、映像やプロジェクションマッピング、デジタル技術の導入も進み、私たちは驚くようなスペクタクルを体感することができます。演劇を含む舞台芸術には、人によってつくられた見世物の意味があります。演劇は、ある意味、虚構としての世界を具現化する芸術ですが、その一方で、観客が目にしているスペクタクルは、そこに生きる人々の時代の問題を具現化しているのです。 ぜひエンジニアたちには、演劇や映像表象を通して、将来の思い描く社会を見つめることで、エンジニアとしてその時どう生きたいのか、しっかりとしたヴィジョンを培ってもらいたいですね。

海外での舞台上演映像を
ストリーミングできるようになり、
国内でも研究がはかどるようになりました