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建築工学科

福田 由美子

教員紹介

福田 由美子FUKUDA Yumiko

工学部 建築工学科 教授

研究者情報

プロフィール

【専門分野】
○住宅計画
○住環境計画
【担当科目】
建築計画A・B 、 都市計画 、 建築設計製図Ⅰ・Ⅱ ほか
【研究テーマ】
1.住み手の自律性による集住環境生成に関する研究
2.高齢者のための豊かな集住環境に関する研究
3.地域生活維持のための空き家活用に関する研究
【ひとこと】

建築は、人が生活するための器です。生活について考えるためには、身のまわりのヒトやモノやコトに興味を持ってください。

研究紹介

福田 由美子FUKUDA Yumiko

工学部 建築工学科 教授

住む人たちが知恵を出し合えば、
「楽しく暮らせる家」が生まれる
PROLOGUE

マンションやアパートなど、複数の世帯やさまざまな人が暮らす集合住宅では、住む人がわからない状態で設計をして、その後販売したり貸したりするというのが一般的。だから、どの部屋も似たり寄ったりになってしまいがち。各部屋で暮らす人はそれぞれ異なるのだから、もっと違いがあってもいいはずなのに。こうした中、住む人が主役になれる集合住宅とは何か、に注目しているのが福田先生。「住む人が計画・設計段階から関われば、理想の暮らしに近づけるのでは」と先生は語ります。

地域を維持するため、住民が主体となって「小学校を守る」

過疎化が進む中山間地域では、小学校の統廃合が進んでいます。子どもの数が極端に減少すれば、教育環境を維持するために統廃合はやむを得ない、と考えがちですが、地域が小学校を失うことによる影響は、私たちが思っている以上に重大です。
中山間地域の多くは、人口減少に歯止めをかけるため移住者を呼び込もうと様々な取り組みを行っています。特にターゲットとしているのは若い子育て世代、あるいはこれから子育てを行おうとする世代です。しかしどんなに支援を充実させても、子育て世代が小学校のない地域を移住先に選ぶことはないでしょう。つまり、「小学校の存続」は「地域の存続」に直結するのです。
広島には、学校存続のために独自の取り組みを始めた地域がいくつかあります。私は2013年から、他大学の研究者たちとともに各取り組みについて研究・調査を続けてきました。
例えば、三次市の青河地区では地域に点在する空き家を活用し、移住者に安い賃料で提供しています。同様の取り組みを進める地域は各地にありますが、他と大きく異なるのは活動の主体が行政ではなく、住民組織であるという点。彼らは空き家活用で利益を生み出す仕組みを構築し、事業化することによって継続的な取り組みに繋げようとしています。別の地域では、首都圏などで開催される移住者向けイベントに参加し、自分たちの価値観・考え方に共感してくれる移住者を自らが探すという活動をしています。
これらの根底にあるのは、「行政に頼らず、自分たちの町は自分たちが守る」という強い意志です。同じように過疎化や学校存続などを課題にしている地域にとって、こうした地域の取り組みは一つのヒントになるのではないでしょうか。

安芸太田町上殿地区の空き家
空き家を活用しようと、
住民たちが主体となってリフォーム。
学生も参加させてもらいました

さまざまな機会を通じ、地域の人々と触れ合う学生たち

ゼミでは、地域のいろいろな活動に学生たちが参加しています。そうした活動を通して、1人ひとりの学生に自らのテーマを探していってもらいたいと考えているからです。活動の1つに、「海老(かいろう)山と遊ぼう会」があります。毎月第2土曜日に、地域の子どもたちを集めて、昔ながらの遊びを教えるというものです。行政から「なにか海老山を活用するようなことができないか」と相談されたことがきっかけでした。この活動を始めて、既に20年が経っています。
地元の住民の方と打ち合わせを行い、小学校などにポスターを貼らせてもらったりして、歴代のゼミの学生たちはたくさんの子どもと遊んでいます。
学外での活動は、地域の中でさまざまな人と接する機会を与えてくれます。それによって、学生は多くの社会勉強ができます。中には、「人と話すのは苦手」という学生もいますが、活動を通して苦手は解消されていくものです。実際、「引っ込み思案な性格を変えたい」と、ゼミに参加してくる学生もいるくらいです。

ゼミの学生は「子どもたちと遊ぶ」など、
さまざまな地域活動に積極的に参加
子どもたちと一緒に竹を切り出して
「そうめん流し」を行いました

被爆前の、住民の思い出がつまった広島をCGで再現

私は以前、原爆投下前の広島の街並みをコンピュータ・グラフィックで再現させる作業に関わりました。当時の住民たちを訪ねて、昔そこに何があったのか、その頃の暮らしぶりはどんなものだったのか、聞かせてもらいました。彼らの話を元に、まち並みを再現させようという試みです。
「原爆に関した話を聞くのはとても辛いことではないか」と最初は心配でした。ところが、住民の方々は、非常に楽しそうに、生き生きと当時の暮らしぶりを語ってくれました。それは、かつての日々がいかに幸せだったかの表われでした。
改めて、自分が暮らしたまちを失ったことの悲惨さと、小さい時の街の記憶、家の記憶というものの大切さを痛感しました。そして、私たちがこれから作る街も、そこに育った子どもたちが将来笑いながら話せるものにしなければならない、と強く感じています。