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広島工業大学

電気システム工学科

松岡 雷士

教員紹介

松岡 雷士MATSUOKA Leo

工学部 電気システム工学科 教授

研究者情報

プロフィール

【専門分野】
○原⼦分⼦物理学
○量⼦エレクトロニクス
○数理工学
【担当科目】
基礎物理学 、 基礎力学 、 物理学実験 、 波動と熱の物理 、 プログラム実践基礎
【研究テーマ】
1.放射性セシウムの⾼効率レーザー同位体分離法の開発
2.セシウム同位体の全光学的定量分析法の開発
3.光パルス列による分⼦回転励起現象の数理解析
4.定常量⼦ウォーク数理モデルの複雑ネットワーク・量子場への展開
5.人工知能・計算知能による実験データ解析の自動化・高精度化
【ひとこと】

⾃分の限界を⾃分で決めつけることなく、勉強にも遊びにも常に全⼒で挑戦してみてください。
やりたいことが見つからない人はいつでも研究室に遊びに来てください。

研究紹介

松岡 雷士MATSUOKA Leo

工学部 電気システム工学科 教授

放射性セシウムの同位体分離を実現し、
「負の遺産」を⾃分たちの世代で解決したい
PROLOGUE

原⼦⼒発電所から排出される放射性廃棄物は、地下300mより深い場所に地層処分される計画が⽴てられています。しかし地下深くに埋められても、放射能が消えてしまうわけではなく、100万年という途⽅もない時間スケールでの漏洩リスクの見積もりが必要になっています。こうした「負の遺産」を未来に残さないために、放射性セシウムの分離をターゲットに研究を行っているのが松岡雷士先⽣です。これに加えて先生は、大学生の数学力の低下という身近な問題についても、新たな観点から対処していくための努力を続けています。

「放射性セシウム」だけを分離するのは不可能?

東日本大震災によって福島県で原発事故が発生し、放射能が撒き散らされてしまったことは多くの皆さんがご存じかと思います。その際に、⼟壌や地下⽔から放射セシウムを取り除く大規模な除染作業が実施されました。この除染で回収される「放射性セシウム」の中には、実際には安定セシウムと放射性セシウムが混ざっています。実はこれらを分離(同位体分離)することはかなり難しいことが知られています。少量の同位体を精密に分離することに優位性を持つ「レーザー同位体分離法」を用いたとしても、このセシウムだけは例え少量であったとしても同位体分離が不可能とされているのです。当然、セシウムに対しては、レーザー以外の分離法はそもそもほとんど機能しません。
放射性セシウムは中性⼦照射によって無害化できる可能性があります。ですが、このときに安定セシウムが混在していると、安定セシウムは優先的に中性⼦を捕獲してしまい、放射性セシウムにどんどん変わっていってしまいます。安定セシウムと放射性セシウムを事前に分離しないと無害化は難しいのです。
そこで私は、レーザーを⽤いた「光誘導ドリフト」という⽅法を⾒出しました。光誘導ドリフトという現象自体は私が発見したものではありません。また、近年は研究対象としても全く注目されていない分野になっていました。しかし、従来のレーザー同位体分離法が静⽌している原⼦や分⼦を分離することを暗黙の前提にしていること、そして、この光誘導ドリフトが唯一その前提を根本から覆している同位体分離手法であることに着目しました。光誘導ドリフトは温度と圧⼒が比較的⾼い環境下で⾼速・⾼効率に機能し、大規模な分離装置の開発につながる可能性があることを理論的に実証しました。
光誘導ドリフトを発生させるためには、まず特定の速度を持つ原⼦だけをレーザーによって電⼦励起させます。そして圧⼒を調整した希ガス(アルゴンなど安定性の⾼いガス)と衝突させ、電⼦励起状態上での速度分布を対称に緩和させつつ基底状態に戻します。このサイクルを繰り返すと、安定セシウムと放射性セシウムに逆方向に動く速度を与えることができるのです。

セシウムの光誘導ドリフトを
実証するための実験装置の⼀部。
学生とともにいろいろ工夫を重ねています

先達の⽰唆と独自の試行錯誤が道を切り拓く

財団などから多額の助成金を獲得し、過去の文献を頼りに独自の装置を⾃作して実験を開始しました。しかしながら、最初は思い通りの現象が何も観測できないまま時間が過ぎていきました。⾏き詰まった私は、約20年前に⽇本で唯⼀、光誘導ドリフト実験の経験のある先⽣にメールを送り、教えを請いました。突然の問い合わせにも関わらず、先⽣は励ましの⾔葉とともに快くご⾃⾝の持つ貴重な経験を提供してくださりました。その情報を参考にして実験装置を改良。さらに多くの独自の工夫を加え、実験装置内でのセシウムの発光と光誘導ドリフトの観測に成功しました。助言をくださった先生のおかげで成功にたどり着いたことに間違いはありませんが、「先達の助言は独自の試行錯誤の失敗を経て初めて効いてくる」ということも実感しました。先生の用いた装置と私が作成した装置は同じものではありません。もし、私が何も試行錯誤せずに最初から助言を求めていたとしたら、先生の言葉の一つ一つを正しく解釈することが出来ず、やはりこの実験は成功していなかったと思います。
現在は、安定セシウムを使⽤し測定法のテストや装置の改良を繰り返している段階です。その中で出会う、教科書に載っていない想定外の不思議な現象について、学生とともに一つずつ解釈を考えています。時には、測定装置の性能を向上させるために学生の知恵を発揮してもらうなど、様々な検証と工夫の積み重ねが、研究の前進につながっています。

学生のスマートフォンのカメラで撮影したセシウムの光誘導ドリフト現象。穴付き隔壁の右側にだけセシウムが噴出している。

「日本人の数学力低下」という課題に、大学として対処したい

多くの学生と触れ合ううちに痛感したのが、大学生の数学力の低下です。これは日本全体の教育の問題ともいえます。数学の苦手な学生は一体どこからつまずき始めるのか、よく観察してみると、小学校時代の「割合」の問題までさかのぼる必要があることがわかってきました。
象徴的なのが「速さ×時間=道のり」という「みはじの公式」の存在です。これは本来、何秒走れば何m進むのか?という「割合」の問題です。しかし日本の児童はいきなり「みはじの公式」を丸暗記して安心してしまうので、割合の本質が理解できないまま公式暗記に頼るクセがついてしまいます。割合はその後、比例、関数、微分へとつながっていきます。高校までは公式暗記でも良いのですが、大学に入ると対処が追い付かなくなり、結果「数学が苦手」もしくは「無理な公式暗記だけで乗り切る」学生を大量生産してしまうことになっているのです。
誤解しないでほしいのですが、私は割合を最初に教える小学校の教員が悪いと言うつもりは毛頭ありません。小学校での教え方は日々改良されていますし、先生方は時間が許す限り、最善の努力をされていることを知っています。しかしながら、それでも割合の理解不足が国全体の数学力低下の根本となっているのなら、中学校、高校、学習塾、そして、大学がさらに連携して割合の理解不足を補っていく体制が必要であると考えているのです。
私は大学教員の立場として、数学のリメディアル教育に力を入れてきました。今後は、割合の本質理解に主眼を置いたオンライン教育システムを開発し、入学者全員が大学での授業をより深く理解できるような仕組みを作っていきたいと考えています。